The journey of Marialuisa

若干厨二病のMarialuisaの気まぐれ旅行

初めて海外!

 なんでだったか良く覚えてないんだけど、ママンと約束をした。

 試験の点数が魔女の言った点数を上回ってたらホームステイに行かせてあげるよ。って…。

 初めて行く海外は絶対にN.Y!って決めてたあたしだけど

 (何でって?ウェストサイドストーリーとかN.Y東8番街の奇跡とか…全部映画の影響)


 チャンスの神様には前髪しかない!後ろはつるっぱげ!来たと思った時に掴まなくちゃ!

 掴んだね。しっかりと…抜けるんじゃない?って位の勢いで…。

 そんな訳で春休みのホームステイが決まったのは出発3週間前。

 急いでホストファミリーを探してもらっていざ出発!!!

 あわただしく日本を出ることに…。

 16になって1ヶ月も経たない春の事でした…。


 行くまで、リバーサイド市は仙台の姉妹都市だなんて全然知らなかった。

 てか、実はどこに行くのかさえ良くわかってなかった。( ;^^)ヘ..

 何せ、ホームステイプログラムにN.Yなくて、だったらどこでも良いや・・・。って半ば諦め。

 知らない人の家に3週間もお世話になるなんて、考えた事もなかったので

 一体何をどうして良いのかわからなかったんだけど、

 なんか姉妹都市って聞いたら安心した。

 一緒に行った人たちは日本全国津々浦々集まった高校生、大学生だったんだけど

 人数的には10名ちょっと、大学生は1人だけのほとんど高校生チーム。

 しかも同学年が多かった。全員女性。

 それも、即安心のタネ。一番最初に仲良くなったのは、

 同じ年の群馬から一人で参加していた

 まなちゃん。おっとりした少女だった。少し天然入ってる子。


 飛行機で隣になったのがきっかけだったんだけど他の席から聞こえてくるのは

 英語!英語!英語!

 みんな割りとやる気満々で…引いた…。かなり引いた…。ほとんど駆け込み参加だった私は

 着の身着のまま同然…。気後れしてる私の隣で同じように気後れしてたのがきっかけ。


 ずっと歌ってた。『♪一人じゃないって~~~素敵な事よ~♪』

 少し機内で勉強しろって…(-_-;)


 プログラムの中で市長訪問ってのがあったのよ。

 この頃からさほど政治にも興味はなかったんだけど

 行くって言うんだから仕方ない。あたしだけ行かないわけにもいかないし…。

 そこで、市長のリバーサイドの説明をいつも通りおざなりに聞いていた時のこと…。


 添乗員のお姉さんが市長に何か言った。←この頃英語は全くダメ…。

 すると、市長は私を見ながら英語で…。

 『Do you know ISHI?』

 って…い…いし???いしって石???すとーん???

 それを何故私に聞く…。`s(・'・;) エートォ...


 その後も何か英語で言ってた。

 すっかりパニックになった私は…かなり目が泳いでたろうな…。

 ヤバイ!話聞いてなかったの怒られてるのかな?って思ってたから…。( ;^^)ヘ..

 すると、添乗員さんから、市長さんよ!市長さん!って言われてやっとわかった…。

 いしって…石井市長(元)の事ね?はいはいはい…。そう言えば、姉妹都市…。


 何度も会った事があると言う…。……………………………で?


 知ってると言えば、知ってる…ただし一歩的にね…。向こうは私を絶対知らない。

 んで?この話は広がるの?

 また、ここの市長もとんでもない人物にとんでもない質問したもんだ…。

 異様に印象に残った。なんで印象に残ったのかはこの後の留学でわかったんだけどね…。



 私のステイ先はWilson家。留学生を受け入れるのは初めて。

 凄く楽しみにしていてくれた。到着と同時に熱烈歓迎!

 わからない事はないか、不自由な事はないか、毎日のように聞いてくれる。

 不安だった他人の家での生活も直ぐに解消された。


 お父さんはJEFF。この時は貴金属の営業をしていた。

 ちなみに4,5年前はじゅうたん売ってた。そしてこの間はタイル売ってた…。

 さすが、終身雇用のないキャリアアップの国…。

 どんどん給料あがるってんだから不思議だ…。

 この時は若かった…ってお互い様か…。┐('~`;)┌


 お母さんはNORA。大病院の院長秘書をしていた。今はスーパーバイザー。

 キャリアウーマンである。


 二人の娘は私立の学校に通うお嬢様。上がBETHANY。活発でよく喋る。

 運動は苦手だけど、苦手な科目はないという。

 今は一児の母。自分の家も建てた堅実な子。弟と同じ年…。へ(-0-;へ)~~


 下はEMILY。甘えん坊で可愛い。運動神経抜群でソフトボールのピッチャーだった。

 のちに高校の時全米のピッチャーNo.1になった。

 そんでUCLAの特待生が決まった時に肩を故障して二度とボールを投げれなくなった。

 その為に大学進学を諦め、就職後直ぐに結婚。ちなみにこの子の結婚式には参列した。

 ところが、結婚後間もなく、大きな事故に遭ってしまい、今現在も昏睡中。

 早く良くなって欲しい。手術は成功してるので後は本人の生きる力次第だそうだ。


 話はそれたけど…\(^_\)ソレハ(/_^)/コッチニオイトイテ


 ホストファミリーにも当たり外れはある。

 あたしは今回一番最後の申し込みだったにもかかわらず、一番の大当たりだったらしい。

 それがわかったのは1週間も経たないうちだった…。

 まずは、神戸から来てた美和ちゃん。彼女の家はホストファミリーが男兄弟ばかりで

 凄かったらしい。風呂は覗かれるわ荷物は漁られるわ…。


 まなちゃんの家は割とまともだったんだけど、留学生に慣れすぎてて冷たかったらしい。

 他の人の話聞いててもそう。


 ホームステイって昼は公民館みたいな所で一緒に勉強するんだけど

 家族と慣れ親しむ為に、色々な宿題が出るんだ。家族に聞かなきゃ答えられないような…。

 お父さんの職業聞いてきたり、兄弟に今流行ってる事を聞いたり。

 お母さんに得意料理聞いてレシピ書いてきたり…。

 みんなほとんど出来てなかった。完璧に出来てたのは私だけだった時もあった。


 添乗員のお姉さんもステイしてたんだけど、彼女のステイ先も最悪だった。

 小屋みたいな所に寝かされてたって…。ひどい…。でも、一番ひどかったのは…


 名古屋から来てた子(ごめん、名前忘れた…。)は、ご飯が出ないらしい…。

 自分で作れと言われたって…言われても勝手もわからない海外の台所。

 味噌やしょうゆがあるわけでもない。どれとどれを使って良いのかもわからない。

 そんな事ってあるの?と思った。でも、あるんだから困ったもんだ。


 そんな話をNORAに話した…ら、彼女は憤慨した。直ぐにセンターに問い合わせてくれ

 改善を求めたんだけど、聞く耳持った人だったら、初めからそんな事はしないのよね。

 あまり不憫に思ったのか、名古屋の子に必ず、朝1時間早く来るようにって伝えたの。

 ついでにって言ったら悪いけど、添乗員さんも。


 翌日から彼女たちは一緒にうちで朝ご飯を食べる事になったんだ。

 朝から結構なボリュームだった。( ;^^)ヘ..


 そんなこんなで、1週間ちょっと過ぎた頃には授業前に全員がうちに集まるようになってた。

 宿題にしても、JEFFがかなり話は作ってたけどみんなの分教えてくれたり…。

 他の参加者たちに良いな~良いな~と言われて

 凄く本当にあたしはラッキーだったんだって思ったよ。


 ステイ先の人は学生を選べるけど、学生はステイ先を選べないのよね。

 これは本当に運だよ。神様ありがとう!

 ちなみにやっぱり、みんな交流はないってさ…。

 何せ、ステイ先に戻っていったのあたしだけ…。

 どころか、リバーサイドに行った時みんな自分のステイ先には行かなくても

 Wilson家は訪れたと言う…。



 今でこそ、直ぐ泣いてしまうけど(年???ねぇ年?)

 この頃の私は絶対泣かない生意気な子だった。

 泣くのは異様に怒った時だけ…。( ;^^)ヘ..

 格好悪いってのもあったし、泣く事自体に抵抗もあった。

 泣けば良いと思って!って言うのが口癖。泣いた所で何も解決する事なんてない!

 って思ってたから、頑固に泣かない子だったんだよね。


 ただ、初めての海外を何の不安もなく過ごさせてくれたこの家族とお別れしなきゃ!

 って時、初めて我慢の出来ない悲しみを感じた。

 この時は『2度と逢えないのかもしれない!』って思ったの…。

 メチャメチャ会ってるけど…。( ;^^)ヘ..


 珍しく、その日は雨で…それがまた物悲しさを誘ったんだ。

 べサニーも私と同じような感じだったので、泣かない子だった。

 エミリーは何かと毎日泣いてた。まぁ小学校2年生だったしね…。

 そのべサニーがホロッと涙を流した時、

 エミリーに抱きつかれて帰らないで!って言われた時。

 とうとう我慢できなくなった。


 例えようのない悲しみと引き裂かれるような思いでいっぱいになって

 まるで、欲しいおもちゃが買ってもらえない子供のようにジダンダ踏んで泣いた。

 バスに乗って別れる時もずっと窓からNORAの手を離すことが出来なかった。

 『絶対またくるから!』って日本語で…なのにNORAは

 『You should come back again.』って…伝わってる…何故だ…。

 この時の一言。『絶対、また来る』私にとって絶対とは絶対。

 これは昔からの私の信念。約束は必ず守る。守ったね。あっという間に舞い戻ったよ。


 ( ;^^)ヘ..


 バスの中でいつまでもいつまでも泣いてた。もう、格好悪いとか考えれなかった。

 
 人生の中でとても貴重な3週間でした!

別窓 | Riverside,California1990 | コメント:0 | トラックバック:0
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